小さい時の常識は、大人の時の非常識



小学3年生から、嬉野に住んでいる。
小さいときは、当然、団地単位とか小学生単位の小さい社会であったが
大人になった今、一応、仕事では県単位(たまに県外に出張程度)になり
私の社会は県単位と言うことか・・・

小学生の時、ある先生がいた。
その時分は、普通の良い先生だった、私が卒業するとき、涙まで流してくれた人だった。

この間、ある取引で、お客様の土地の境界の立会いをした時
偶然にも、その先生が、その地域の役員と言う肩書きで立会・検分にやってきた。
久しぶりの再開だったが・・・・挨拶したが向こうは、私の事を少しは覚えていたようで
あぁ~あの時の誰それか~と言った感じで話をしていた・・・・
今は、とうに教職を引退し、何やらしているようだが

当初から、少しおかしかった・・・
境界立会い当日、現場では、立会人名簿と言うのを、便宜上作成している。
境界の立会いについては、役所の職員も(大抵)立会いをする。
それについて立会いの現場に来た方々の名簿を役所が作成するものである。
住所・氏名・役職や関係者等を各自が規定の書面に記載するのだが・・・
しかし、その先生は、いや、私はそういうものは書かないと突っぱねた
私は???と思ったが、役所:個人の名簿なので、深くそこには立ち入らなかった

しかし、いざ境界立会いが始まると、更におかしさが増した・・・
地元役員の境界立会いの意味合いは、単に役所が境界と言う定めごとに
責任を役所だけで負いたくないのと、旧来からの地元の境界事情を大いに知っている。
たとえば、隣地当人同士が境界を分からない場合、役員が、旧来ここはどれ位の寸法でどうのと言った
アドバイスを出来るだろうと言う観点からからである。

しかし、彼は違った、まず境界立会いを始めようとした時分より
まず「待て!」と・・・・
今から境界を決めるのは良いけど、そうしたら、隣の土地の面積もキチンと
必ず保証されるのか?
後で、面積が足らないとか、そういう事は絶対おきやんと、保証できるか?
と言った事を役所員に迫って言ってきた。

どういう事かと言うと・・・
大抵の土地は前に道があって、残り三方を他人の土地が取り巻いている。
その真ん中の四方の土地の境界を定めても、その周りの土地の四方を定めるわけではない。
極端な話、そんな事をしなければならないのであれば、隣から隣へ行かざる終えなくなり
日本中定めなければならない事態まで波及する。
よって、普通と言うか、当然、その「申請のあった土地の」四方しか境界は定めない。

私ら陣営が口を出そうとすると、
「あんたに聞いてないの!」と一喝
今回の境界立会いは、過去に一帯を公的団体が事業として行った、
信憑性のある図面に基づいての、1からの立会いではなく、それの復元と言う意味合いの
境界立会いであるのに・・・・・・

そんなもの図面でどうとは何とでもいえる、実際に今回立会いした結果、隣の面積が
キチンと保証されるのかとか・・・
隣の土地もキチンと事前に測って、キチンと保証をなした上での立会いでないと駄目だとか
立会いが始まる前から、無理難題を言ってきた・・・
土地の所有者は一言も発せずまま・・・・・

こうなると、地元は全て団結を組み、敵に回る
過去に先生と崇められた、人間がそんな事を言うものだから
隣地のおばあちゃんなんかは、今回の境界の立会いを、何かねずみ講の
集会に招かれたみたいな態度をとってきた・・・・

・・・・・結果として、役所員と土地家屋調査士、当方の説得により
しぶしぶ、立会いは済んだが・・・・・
当然、立会い中も凄かった事は、特筆すべきまでもない・・・・・

小学校であれば・・・・・
キチンと自分の境界を測る際は
隣の人の面積も保証されるように、人の事を思いやって
境界立会いをしましょうね~~~

は~~い!!と元気な声が聞こえてきそうなものだが

大人の社会ではそうは行かない
何で、人の面倒まで見なければならない?
何で傘を忘れた彼を、傘に入れなければならない?

当然、小さい頃から、俗じみた事を学ばせるのは論外であり
小さい頃、キレイな事を教えるから、俗世間で、やっとある程度の汚れで
落ち着くのであるが・・・

小学生の社会の常識を、シャバの俗世間で大人バージョンで振りかざすと
こう言う先生の様なケースになるのだろう・・・

これも一種の職業病だろうか・・・
私の祖母もその昔、教職員であった。
しかし、田舎の古き良き時代の教師と言う事もあり
かなり、ざっぱだったが・・・・
人間の生き方と言う事については、当時の先生はハートを持って
教授していたのではないだろうか・・・・
しかしそんな、祖母もやはり喋ると、説教と言うか、諭す様な会話内容に
毎回、ついついなってしまっている。

教師と言うのは、やはり対するお客様が子供であり
又大人・俗世間があまり深入りしては行けない聖域みたいな箇所であり
その狭い社会での職業病に苛まれるのであろうか・・・

しかし話は変わるが、最近の社会での教師の職業病はやばいだろう・・・・
教師自体のうつ病も増えている

先述のとおり、教師たるものが、シャバに出たらどうなるんだろう・・・・・
不動産業に来たら、使い物にならないだろう・・・・

先日ある番組で、誰だったか・・・
防衛省の暴露をした人だったか・・・が言っていた
役人は、役人を辞めてシャバにでたら、まず使い物にならないと言っていた。
使い物になるような人は居てはいけないし、そうならない仕事内容になっているとの事。
だから官僚は、天下り先を作って、そこに落ち着こうとするのであると・・・・

いつも収入と福利厚生的な面で公務員をいつもうらやましく思うが
そう考えると、何だか複雑な気持ちに思える。

08.2.5 t.kawasome

コメント (0)

コメントを投稿